2026/10/07 19:25

今回の記事では、日本と欧米諸外国における「馬」の社会通念上の違い、法律や公的制度の違いなどを比較してみたいと思います。

 

(1) 日本:法律上も産業動物、社会通念上も「用途に応じた経済動物」

ü  法律上の分類と定義:純然たる「家畜・産業動物」であり、家畜伝染病予防法や家畜改良増殖法において、牛・豚・羊と並ぶ完全な「家畜」です。


ü  動物愛護管理法:虐待防止の対象(愛護動物)には含まれるものの、犬猫のような「家庭動物(ペット)」ではなく、「産業動物」の基準に沿って管理されます。


ü  と畜場法:法的に食用処理が可能な対象として「牛、馬、豚、めん羊、山羊」が明確に指定されています。


ü  社会通念上の認識:「身近な相棒」ではなく「用途で見る存在」


ü  生活からの乖離:土地や住環境の制約から、一般市民が馬をプライベートで飼養・触れ合う機会がほぼありません。犬猫のように「家族の一員」として身近に実感する文化が育ちにくい土壌があります。


ü  馬肉文化の定着:熊本、長野、福島などを中心に伝統食・郷土料理として確立しており、馬肉を食すことに対する社会的なタブー感や倫理的反発はほぼ存在しません。


ü  アスリートと素材の混在:競馬の主役として熱狂的な支持を集める一方で、現役を終えた競走馬が「用途変更」を経て肥育場へ向かうサイクルも、長らく競馬産業の前提構造として受け入れられてきました。

 

一方、欧米における馬の扱いは、法律上は「家畜(Livestock)」に分類されつつも、社会規範や実態としては犬や猫に近い「伴侶動物(コンパニオンアニマル)」として二重の扱いを受けるのが最大の特徴です。


日本のように「産業動物(家畜)=食肉や使役の対象」という直線的な見方とは異なり、国や地域、歴史的背景によって法制度と人々の意識に明確なグラデーションがあります。

 

(2)アメリカ:法律上は家畜、社会通念上はペット

ü  法律上の分類(Livestock)

連邦法および農務省(USDA)の基準では、馬は牛や豚と同じ「家畜」に分類されます。これは農業支援策(災害時の補償、融資など)を受けられるようにするため、農業団体や生産者側があえて家畜分類を支持してきた経緯があります。

 

ü  食文化と「馬肉禁止」の流れ

法的に家畜である一方、国民感情としては「馬を食べることは犬や猫を食べるのと同等のタブー」とみなされます。連邦予算において馬肉検査官への予算配分が長年停止されたことで、実質的に国内での馬の食用屠殺は不可能になっています(ただしメキシコやカナダへの生体輸出問題は論争が続いています)。

 

ü  愛護意識

多くの人にとって馬は「ペット」「アスリート」「パートナー」であり、虐待を取り締まる州法でもペットと同等に重い保護対象とされるケースが一般的です。

 

(3)イギリス:独自の「馬文化」と極めて強い伴侶動物意識

ü  「マーティン法(1822年)」の原点

世界初の本格的な動物虐待防止法であるイギリスのマーティン法は、もともと「牛や馬の虐待防止」を目的として成立しました。歴史的に馬は単なる財産ではなく、保護されるべき存在として扱われてきた土壌があります。

 

ü  馬肉の強いタブー視

イギリス国民にとって馬は明確に「コンパニオンアニマル(相棒)」であり、食文化としての馬肉消費は強烈に忌避されます。2013年に牛肉製品に馬肉が混入していた「馬肉混入スキャンダル」では、宗教的・倫理的な問題として国中を揺るがす大騒動に発展しました。

 

ü  パスポート制度と福祉

EUおよびイギリスではすべての馬に「馬パスポート(身分証明書)」の発行とマイクロチップ装着が義務付けられています。医療履歴や「将来的に食用屠殺に回すか否か(一度でも特定の投薬を行うと永久に不可)」を厳格に管理する制度が整っています。

 

 

(4)フランス・イタリアなど大陸ヨーロッパ:二面性を持つ現実

ü  食文化と愛護の共存

アングロサクソン諸国(米英)と異なり、フランス、イタリア、ベルギーなどでは伝統的に「馬肉料理」の文化が存在します。そのため法制度上も明確に「食用に供される家畜」の枠組みを維持しています。

 

ü  若年層での価値観変化

近年は動物福祉(アニマルウェルフェア)意識の高まりにより、フランスなどでも「馬はスポーツパートナーや友人であって食べるべきではない」という世論が急速に拡大し、馬肉消費量は大幅に減少し続けています。


(5)オーストラリアの現状:制度・文化・産業の三重構造

ü  法律上の分類:家畜(Livestock)  

連邦法および各州の農業法・家畜福祉法において、馬は牛や羊と同じ「家畜」に分類されます。アメリカと決定的に異なるのは、「人間向け食用屠殺(Abattoir)」および「ペットフード用解体処理(Knackery)」が法律上認められている点です。EUやアジア向けの食肉輸出用処理施設(クイーンズランド州など)が稼働しています。

 

ü  社会通念上の認識:イギリス譲りの「強い伴侶動物意識」と「食のタブー」

国民の日常生活においては、馬肉を食べる文化は一切ありません。イギリスやアメリカ同様、「馬を食べることは犬や猫を食べるのと同じ」という強い文化的タブーが存在します。   乗馬文化が非常に盛んであり、郊外に住む一般家庭が馬を飼育するケースも多く、身近なペット・アスリートとしての愛着が極めて強い国です。  

 

ü  野放図な生産と「屠殺告発スキャンダル」による激震

オーストラリアは世界屈指の競馬大国(生産頭数は世界第2位規模)ですが、引退したサラブレッドや野性馬(ブランビー)が裏で大量に屠殺・ペットフード化されていた実態が2019年に豪公共放送ABCで大々的に潜入報道され、国中を巻き込む大スキャンダルに発展しました。  

 

この事件を機に競馬統括機関(レーシング・ヴィクトリア等)や政府への批判が噴出し、競走馬のトレーサビリティ(追跡調査)義務化や「競馬賞金の1%を引退馬基金に回す」といった福祉プログラムの導入が急速に進められました。


 

日本では近年、ファンコミュニティの拡大や引退馬支援の機運の高まりによって、「感情面ではアスリートや推し(伴侶動物に近い愛着)として見ているのに、制度や出口は産業動物(家畜)のまま」という意識と現実の乖離(ねじれ)が表面化しています。


公的な制度としては家畜の枠組みにとどまりつつも、民間主導でリホーミング(乗馬・セラピー・養老牧場への移行)の仕組みを整え、欧米的な「生涯を支える倫理観」を取り入れようとする過渡期にあります。 


これから日本において「馬」が、家畜や単なる経済動物としてではなく、伴侶動物として愛着をもって扱われていくためには、私たち一人ひとりができることは、小さくても声をあげていくこと、行動を起こしていくこと、コミュニティを作ってその声を大きくしていくこと、協力者を増やしやがて大きなムーブメントにしていくことが大事だと感じています。

 

執筆:浅川 香織