2026/10/07 08:00

「日本の馬は欧米に比べて気性が荒い・難しい馬が多い」としばしば言われる背景には、「サンデーサイレンス系を中心とした血統的背景」と「日本の調教・厩舎環境の構造的な特異性」の双方が密接に絡み合っています。


単一の理由ではなく、血統的な素質に対して日本の育成・調教環境がテンションを高めやすい構造になっていることが主な要因です。

1. 血統面:サンデーサイレンス系がもたらした「研ぎ澄まされた闘争心」


日本競馬の血統地図を塗り替えたサンデーサイレンス(SS)は、卓越した瞬発力・運動神経と同時に、極めて激しい気性と爆発的な前向きさ(闘争心)を日本にもたらしました。


  • 「走る気性」の裏返し:

    サンデーサイレンス直子やその孫世代(ステイゴールド系、オルフェーヴル、ゴールドシップなど)に見られる激しさは、競馬における勝負根性や直線での強烈な切れ味と表裏一体です。

  • 欧米の主流血統との対比:

    欧州の主流であるサドラーズウェルズ系やガリレオ系、米国のタピット系やアンブライドルズソング系などは、タフさや筋肉質な力強さが前面に出る一方、SS系ほど「針の先のように研ぎ澄まされた神経質さ」が前面に出る系統は限定的です。

  • 日本特有の高速馬場への適応:

    日本の硬く軽い芝で上がり33秒台前半を繰り出すには、瞬時にトップギアへ入る鋭敏な神経伝達(研ぎ澄まされた反応性)が求められます。結果として、気性が穏やかでおっとりしたタイプよりも、敏感で前へ行きたがる馬が選抜・淘汰されてきた歴史があります。



2. 調教・環境面:欧米と日本の決定的な違い

血統が「火薬」だとすれば、日本の調教環境や競馬システムが「着火材」になりやすい側面があります。


① 集約型の厩舎環境(トレセン制度 vs 直送・自然環境)

  • 日本(栗東・美浦):

    美浦・栗東という巨大なトレーニングセンターに何千頭もの馬が集約され、鉄筋コンクリートの馬房で過ごします。朝の調教時間帯には走路に何十頭もの馬が密集して行き交うため、周囲の物音や他の馬の動きに刺激され、日常的にアドレナリンが出やすい環境です。

  • 欧州(ニューマーケット、シャンティイなど):

    調教師ごとのプライベート厩舎が多く、自然豊かな広大な敷地や森林コース、広大な放牧地でリラックスして過ごします。日常のストレス負荷が日本と比べて圧倒的に低く、精神的に落ち着きやすい環境が整っています。


② 調教コースの特性(坂路・ウッド vs 広大な芝・ロングキャンター)

  • 日本の調教:

    勾配のある坂路やチップコースで、4ハロン〜1ハロンの時計をきっちり測り、ピッチを上げて強い負荷をかける「瞬発力・筋力強化」型のメニューが中心です。これが馬に「コースに入ったら一気に集中して走る」というスイッチを入れやすくさせます。

  • 欧米の調教:

    欧州では自然の起伏を活かした長い距離を、時計を細かく測らずに長時間のキャンターでじっくり乗り込むスタイルが基本です。折り合いと精神の平穏を重視するため、テンションが上がりにくい下地が作られます。


③ 育成期における「2歳戦志向」と早熟化


日本はノーザンファーム空港やしがらき・天栄をはじめとする外厩育成が極めて高度に発達しており、1歳秋から屋内坂路で強い負荷をかけられます。


2歳春〜夏の早期デビューやクラシック戦線に向けて早くから「競走馬のスイッチ」を入れるため、精神的に研ぎ澄まされすぎてしまい、気性の余裕を失いやすい傾向があります。


3. レース体系とゲート(発走)への意識差


もう一つ見逃せないのがゲート試験と発走へのこだわりです。


  • 日本のゲート意識:

    日本の競馬は1分前後のゲート入りから枠入り完了、スタートの均一性まで非常に厳格です。スタートでの出遅れが致命傷になるため、トレセンでは徹底的にゲート練習を行い、馬を「ゲートが開いたら瞬時に飛び出す」よう条件付けます。これが馬を精神的に追い詰める要因の一つになります。

  • 欧米のゲート意識:

    欧米(特に欧州)ではスタート直後の位置取り争いが日本ほどシビアでなく、長距離戦では後方からゆっくりリズムを作る競馬が許容されます。ゲートに対する極度の緊張感が日本ほど日常化していません。


比較まとめ

比較項目日本欧米(特に欧州)
主要血統サンデーサイレンス系(瞬発力・敏感・闘争心)サドラーズウェルズ、ダンジグ系等(タフ・重厚・沈着)
滞在環境トレセン集約型(高刺激・高密度)各厩舎独立型・自然環境重視(低刺激・放牧重視)
調教スタイル坂路・ウッド中心(時計計測・短時間高負荷)直線・起伏コースのロングキャンター(折り合い・心肺機能)
求められる能力高速馬場での瞬発力(トップギアへの切り替え)粘り強い持続力・スタミナ・パワー

日本の馬に見られる気性の難しさは、欠点というよりも「世界屈指の高速馬場と瞬発力勝負に適応し、極限まで能力を引き出そうとした結果の副産物」と言えます。